佐藤の会
佐藤のふるさと、佐野。日本全国200万人の佐藤さんへ。
唐澤山神社
さのまる

全国200万人。
「佐藤さん」のふるさとは、
佐野市でした。

佐藤さんの始祖
藤原秀郷とは?

天明鋳物
藤原秀郷
唐澤山神社社殿 唐沢山神社

佐藤姓の祖!? 藤原秀郷

藤原秀郷(ひでさと)は、平安時代の中ごろに活躍した武将で、中世東国武士の祖とされています。平将門の乱を鎮圧したことをきっかけに、秀郷は歴史の表舞台に登場しました。
秀郷の子孫には平泉の奥州藤原氏や歌人・西行を生んだ紀伊佐藤氏をはじめ、下野でも小山氏・長沼氏(のち皆川氏)・佐野氏・小野寺氏などの有力武士団が生まれました。以上のように、全国に広がった秀郷流武士団はまさに源平と並ぶ名門武士団と称しても過言ではありません。

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そして、武芸の開祖と仰がれた秀郷の勇猛な戦いぶりは、超人的な武芸によって内乱を鎮め、大ムカデを退治したという「俵藤太」伝説をはじめとして、多くの物語や絵巻物に取り上げられ、ひろく親しまれています。
現在、全国に200万人いる「佐藤」の名字は、藤原姓を起源とする説が有力。佐藤の名字が台頭した経緯については諸説ありますが、佐野には歴史上の偉人である藤原秀郷の居城があったため、下野国佐野の地名に由来し、佐野の藤原で「佐藤」とする説が有力とされています。

「佐藤姓」のルーツは、
藤原秀郷ゆかりの地
佐野市かもしれません

佐藤姓の祖!? 藤原秀郷

唐澤山神社

 
「唐澤山神社」

「むかで退治」の伝説でも名を知られる藤原秀郷(俵藤太)の子孫の佐野氏が築城した山城です。戦国時代末期の堅牢な高石垣が残る東日本では数少ない城跡です。秀郷公が祀られた唐澤山神社がある本丸跡や南城跡の石垣の一部は当時の姿を残しています。土櫓や物見櫓、帯廊、四つ目堀等、要塞としての唐沢山城をうかがい知ることができます。

唐沢山城

関東一の戦国の山城
「唐沢山城」

平安時代の末から佐野庄を統治した佐野氏が築いた唐沢山城は、標高242mの急峻な山頂を本丸とした広範囲な城造りの跡が今も残り、その面積は194haにのぼる大規模な山城です。藤原秀郷が天慶5年(942年)に築いたと伝えられ、秀郷の子孫5代が鎮守府将軍として唐沢山城に居城し、関東一円に勢威を奮ったと伝えられています。山頂には藤原秀郷を祀った唐澤山神社が建ち、近くの見晴らし小屋からは関東平野を一望する雄大な眺望が楽しめます。

天明鋳物

千年の歴史と伝統
「天明鋳物」

天明鋳物(てんみょういもの)の起源は平安時代。河内国(現大阪府堺市付近)から5人の鋳物師が移住し、藤原秀郷の命で武具を鋳造したのが始まりと伝えられ室町時代から江戸時代初期に最盛期を迎えました。特に茶の湯釡は「西の芦屋に東の天明」と言われ、千利休・豊臣秀吉・徳川家康など名立たる偉人達が愛した、佐野市が誇る名品。市内には天明鋳物の鋳造所、仏像、大鐘、モニュメントなどが点在し、千年の歴史と伝統の技法を今に伝えています。

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